たかが1億、されど1億

先日、弁理士のHさんにランチをご馳走になりました。彼女は私より年下なので、最初は私が奢っていたのですが、いつの間にか立場が逆転してしまいました。

最初に出会ったのは10年くらい前だったでしょうか。私がまだ特許情報サービスの会社で営業をしていた頃です。大手特許事務所を辞め、開所したばかりの彼女の事務所を訪問しました。こじんまりとしたオフィスに机とパソコン、FAXがあるだけでした。彼女と共同経営者であるもう一人の弁理士だけがポツンと椅子にかけていました。3人でつい世間話。気がつくと3時間経っていました。お二人とも明るく振舞っていましたが、不安と闘っているのがその表情から読みとれ、何とかお手伝いしようと決意した記憶があります。

当時私は在阪の企業知財部や特許事務所を訪れ、雑談の中で相手の潜在的課題を引き出し課題解決の提案をする、その過程で自社の商品やサービスを紹介してゆくというスタイルで営業をしていましたので、自然と相手の愚痴や不満を聞くことが多かったのです。特許事務所の所長先生からは、愚痴や不満だけでなく、経営哲学や独立当時の苦労話をうかがうこともよくありました。今思えば、遠回りで時間のかかる営業スタイルでしたが、そのおかげで、皆さんと今も友人としてお付き合い頂いています。

さて、話を戻します。創作中華で、大変おいしい料理でした。私がナプキンで口の周りを拭っていると、既に食事を終えた彼女が背中を少しかがめ、前のめりになりながら愚痴をこぼし始めました。
「所得税と住民税、腹立ちません?源泉徴収票、見てびっくりしました。」
そう、彼女は3年前に事務所の経営状態悪化が原因で共同経営者とたもとを分かち、開業弁理士から勤務弁理士に戻っていたのです。勤務弁理士とは言え、青天井歩合制の給与体系の事務所なので、かなりの高給だろうとは思っていたのですが、仔細に聞いてみると年収2000万は超えているであろうことがわかりました。開業時は赤字続きで収入ほとんどなく、いつも眉間にしわを寄せ、質素倹約を絵にかいたような日々を送っていましたが、勤務弁理士に戻ってからは昔の明るさを取り戻していました。人生、お金だけではありませんが、収入がない、若しくは極端に少ないと心が貧しくなってゆくものです。経済的ゆとりがあると心も豊かになってゆきます。

私は彼女の話を聞き流しながら彼女の年収について考えました。企業研究員のままだったら、31歳から65歳までで平均年収700万として31歳以降の収入は2億4千万円前後。固定給である大手事務所に勤務し続けた場合なら31歳以降の収入は3億円前後。開業弁理士のままで軌道に乗らなかった場合なら31歳以降の収入は2億前後。現在のまま年収2000万をkeepした場合はなんと31歳以降の年収が5億4千万になります。開業にこだわり続けるか勤務弁理士(パートナ―弁理士ではありますが)に戻るかで収入3億円以上の差が出るわけです。えらい差です。彼女の場合は極端ですが、人生における選択で生涯年収1億くらいは直ぐに変わってきます。たかが1億、されど1億です。

また、自分で職場を選択できるという意味で弁理士資格、羨ましい限りです。私も20年くらい前に挑戦しましたが挫折しました。

私は3年前に23年間勤務した特許情報サービス会社を辞め、起業を目指して細々と特許事務所と企業の仲介や調査の仕事を開始。同時に生活の為今の職業紹介の会社に採用してもらいました。この9月からは起業に専念する為、固定給無しの完全歩合制にしてもらい自由に活動しています。自由ですが極貧です。なので、彼女からご馳走してもらう立場に転落してしまいました。

ああ、あの時諦めずに勉強して弁理士資格を取っておけばなあ、と思うことも時々はありますが、前を向いて進むのみです。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

驚いた

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック